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お産婆さんに取り上げてもらいました(吉備路の総社生まれ)
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若林敬子さんの研究成果の本
今回はちょっと硬い話題ですが、お付き合いいただければうれしいです。

ずっしり手ごたえのある2分冊の本の重みは、そのまま濃い内容の重みでもあると思いました。

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著者の若林敬子さんは、厚生省人口問題研究所(現国立社会保障・人口問題研究所)に27年、東京農工大学の13年を合わせて40年にわたり、日本の地域人口問題研究・調査を続けてこられました。この間の、現地調査に基づく地域開発と都市・農村間の人口移動、社会開発論研究の集大成として、昨秋2巻の大著を出版され、ジョイセフにも寄贈してくださったのです。

第Ⅰ巻の理論篇では、次の5つの大きな柱の中に16章にわたる詳細な考察が加えられています。
人口問題の現状(2章分)、地域人口移動(4章分)、社会開発・コミュニティ論(3章分)、人口資質の年齢構造(4章分)、農村における学習・意識・家族(3章分)。

第Ⅱ巻モノグラフ篇では、昨今広く用いられてきた“限界集落”、“限界自治体”という語に象徴されるように、「地域末端におりればおりる程、人口減少社会・人口高齢化社会の到来の厳しさがせまりつつあることが理解されよう」と著者は述べています。人口200人の愛知県富山村や各地の島々の調査と20-30年ぶりの追跡調査は、年月の流れの中から多くの示唆が読み取れることと思います。

「研究をフォローする若き研究者が現れることを願いつつまとめに挑戦し上梓した」と、著者の言葉が添えてあります。研究意欲あるお若いみなさまはいらっしゃいませんか。

若林先生には、かつてジョイセフ発行の雑誌に中国の人口関連の原稿をご寄稿いただいたり、とてもお世話になってきました。また、ジョイセフスタッフの中には、学生時代に先生の講義で勉強した経験をもつ人が2人いるそうです。

若林敬子著
東京農工大学出版局
『日本の人口問題と社会的現実』

◆第Ⅰ巻 理論篇 3600円+税
―人口・農村・開発・意識・教育
◆第Ⅱ巻 モノグラフ篇 3400円+税
農山漁村人口調査―人口減少と限界集落
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by joi-maba | 2010-01-29 20:09 | Books | Comments(0)
ハンカチ王子
だいぶん古いニュースですが、ハンカチ王子がW大学のキャプテンになったってことから連想しました。

この前、ある私立大学勤務の若い友人から聞いてびっくりしたことがあります。以下のようなことなんですよ。いやぁ…、考えさせられましたねぇ!

友人曰く、「トイレの床に水をぼたぼたたらす人がいるのよ。これ、“水”だよねぇ?って思いたい。 まさか水に、“尸(しかばね冠)”がついた、ちょっと黄色いものではないとは想像しているけれど…。きっと、トイレットペーパーで手を拭くために濡れた手から水を滴らせながら、ペーパーにたどりついているんだろう。ある人が出張なんかで留守にしている日はたれていないから、だいたい誰だか想像できるのよ! ところがひとりじゃないらしいってこともわかって、さらに大ショック」。

こんなことが文明国でもあるんですね。かっこいいしぐさの正反対と思いました。自分の家じゃ絶対にやらないだろうに。そんな「大人?」がいるってこと、とっても心配になります。でもねぇ…、彼女らを育てた私の世代の責任かもしれないと反省することしきりです。世の中には、マナーとルールってもんがあるんで~す。

ハンカチやタオルくらい持ち歩きなさいね。

「なんでしたら、“幸せの青いハンカチ”をプレゼントしましょうか?」ってトイレに貼り紙しようかと、友人が言っていました。
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by joi-maba | 2010-01-15 12:32 | ボキャビル通信 | Comments(2)
成人の日
平成生まれが成人


1月11日は成人式ですね。平成生まれの人が、なんと二十歳ですから、「光陰矢の如し」…、おどろきますねぇ。元日の新聞には、厚労省や総務省発表の人口関連の数字が出ていました。1月1日現在の推計で、新成人は127万人(男性65万人、女性62万人)で1968年に推計を始めて以来、初めて130万人を割ったのですって。

20歳を迎えた成人たちには、平成生まれと昭和生まれがいます。平成の年号は1月8日からなので、1から7日までの1週間に生まれた昭和世代は2万人。なんだか、微妙な立場の分かれ目を感じずにはいられません。そろそろ、平成生まれの人が社会人になり始めますね。就活がうまくいくような社会にしてくださいね。新政権さん、頼みますよ!!

おまけ:他の人口情報
寅年生まれは1034万人で、総人口の8.1%。
干支の多い順番に、丑、子、亥、未、巳、戌、申、辰、そして寅は9位、卯、酉、午 だそうです。私めは、モウ一番多い干支でっす。

付けたし:歴史
平成元年は1989年、ベルリンの壁が壊された年です。こちらもアラ還としては、思い出すことがたくさんあって、感無量。
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by joi-maba | 2010-01-10 22:55 | 日々 | Comments(0)
私の宝物(1)
加藤シヅエさんの形見分けのストール
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これは私の宝物のひとつです。
いま職場でひざかけとしても愛用していますが、色合い、風合い、手触りがよく、何よりも“私ごとき”にまで分けてくださったことがありがたくて、この10年近く、感動しっぱなしで大切に使っています。最近、chisaさんから「すてきね」と言われ、さらにうれしい限りでした。このストールのほか、水玉模様のブラウス、青と黒の毛糸のマフラーもいただきました。

私が加藤シヅエさんと一体どんな接点があったのかって? 不思議でしょう。

ひと昔もふた昔も前のことです。ジョイセフにも関係する会合に出席される時など、何度かお迎えに行って車に同乗させていただき、会場でもしばしお話しする機会があったのです。そんな折に聞かせていただいたエピソードの数々――人物伝や政治談議は、そのたび学ぶことがいっぱいでした。どんなことが話題になるかと、にわか勉強で事前に予習をしたこともありました。

加藤シヅエさんは1995年から2001年12月に104歳で亡くなるまで、ジョイセフの会長でした。明治、大正、昭和、平成と4つの時代を生き抜いた足跡はとても一言では語れません。日本の産児調節運動のパイオニア―日本のサンガー夫人とも呼ばれていました。ニューヨークの貧民街で産児調節運動をするマーガレット・サンガーさんたちと、国際的な団体・国際家族計画連盟の設立にもかかわりました(1952年)。当初の加盟国は8カ国。今では200カ国近くになっています。

話が前後しますが、以下、ご参考まで。

17歳のとき最初の結婚をし、夫石本恵吉男爵の赴任先の三井鉱山で、悲惨な炭鉱労働者の生活を知った。数年後、ニューヨークで、貧民街での産児調節運動をするマーガレット・サンガーと出会う。サンガーの思想が炭鉱町にも必要であることを痛感し、日本での運動を決意。帰国直後の1922年にサンガーを日本に招待し、講演会などを開催。これを機に日本での産児調節運動をスタートさせた。

1930年代には日本産児調節婦人連盟を設立、産児制限相談所を開設。1944年加藤勘十氏と結婚。1946年、戦後初の選挙で、女性39人のひとりとして国会議員になる。1954年には日本家族計画連盟を設立、後に会長に。1988年国連人口賞を受賞。

長くなってしまいました。断片的な文章ですみません。
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by joi-maba | 2010-01-07 18:14 | 日々 | Comments(6)
話が煮詰まると困る?
それとも…?

煮詰まって困るのは、料理中の鍋です。
私、自慢じゃありませんが、何度かやっちまった経験者です。

ところが、会議で話が煮詰まるのは、先が見えてきた兆し。そう、いいことなんです。

にっちもさっちもいかなくて困る状態ではありません。
これ、勘違いしている人、いるんですよねぇ…。しかも、結構たくさん。

言葉は、難しい~~!

明日もまた、定例の会議が。早く煮詰まらせてほしいなあ。
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by joi-maba | 2010-01-05 23:20 | ボキャビル通信 | Comments(0)
明けましておめでとう!!
長らくご無沙汰してしまい、とうとう12月はダンマリのひと月でしたとさ。若いスタッフたちは、いつ時間があるのだろうかと不思議なほど、寸暇を惜しんでブログ書いてるのに、アラ還は、うんと出遅れてます。

さてさて、明けましておめでとうございます
 
昨年は、公私とも、目まぐるしくいろいろなことがあった一年でした。時間を大切に生きなければと、立ち止まって考える時期だと感じています。

“世界は人間なしに始まった”のに、生き物のうち人間だけが自然に反する異様な存在になってしまいました。武器も作ってしまいました。地球と生き物と隣人と、共生の道を歩みたいものです。

池田香代子さん+池上彰さんが、日本に視点を移した本を作りました。『日本がもし100人の村だったら』(マガジンハウス、952円)。ご一読を!

そうそう、2001年12月に出た、元祖『世界がもし100人の村だったら』には、ほんのちょっぴりですが、資料のところで池田さんに協力したんですよ。これって、自己ピーアール!?なんちゃってね。ジョイセフピーアールでっす。元祖『世界がもし~』も読んでね。

というわけで、今年もどうぞよろしくお願いします。

2010年 元 旦

蛇足ですが、昨年末の大失敗!をご披露しちゃいます。
年賀状はさっさと、12月27日には出し終わって、例年より“グッドジョブ”なんて、自分をほめていたら、な、なんと… 2009年元旦 って印刷したのを出してしまったのです。後の祭りです。

確か年は変えたのに、何故だ。そうだパソコンとモデムの不調で、40日間、気が動転していたんです。それで、2009年の文面が見つからなかったため、2008年のを基にしたので年数を2年進めなくてはいけないことを忘れて、1年しか進めていなかったのです。気付いたのは30日、どきっとして、寿命が半年ほど縮みました。ああ~~。mabaは、仕事柄、刷り上がって納品された物を手に、今までに何回も寿命が縮む思いをしましたのに。懲りないもんだねぇ。反省
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by joi-maba | 2010-01-01 00:13 | 日々 | Comments(2)