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お産婆さんに取り上げてもらいました(吉備路の総社生まれ)
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黒衣(くろご)
最近、言葉の難しさ、力不足を痛感したことがありました。ひとつ勉強しましたので、おせっかいかもしれませんが自分に向けて書いておきます。

実は、「黒子(くろこ)」という誤字を見過ごしてしまいました。これは誤用で正しくは黒衣(くろご)」です。外部の「立派な」ライターさんがなさっていることで、私が最終責任者じゃないという思いに、魔がさしたのでしょう。辞書を引きませんでした。今になって大いに責任を感じています。そして穴を掘って入ったまま、当分の間、世間様に顔を出したくない気分です。いっそのこと、「職務怠慢のため、解雇する」と処分が下ったほうが気が楽になるかも。

パソコンの変換で、「くろご」は出ないのに「くろこ」は「黒子」と出るのですね。これでは誤用が増えるのも無理からぬこと。

同じような例で、「対症療法」が「対処療法」と間違って使われるのも、「たいしょりょうほう」と入力したら、ちゃんと?「対処療法」と変換されるのですから、パソコンが誤用を増殖させているのではないかとさえ思います

この言葉が由緒ある組織の総会の場で、年次報告書の中に出てきたのに驚いたことがあります。しかもそれを読み上げた人は、確かに「たいしょりょうほう」と発音していました。1年も前のことなのに、また思い出してしまいました。もっともっと前、ジョイセフとデザインのことでやり取りのあった若い人が、企画書に「対処療法」と書いてきましたね。心の中で、「なに、これ?」と思いました。指摘できませんでしたけどね(気が小さくて)。

「黒衣」は歌舞伎の用語。「対症療法」は、症状の原因を調べず解熱剤で高熱を下げる類。どちらも比喩的に使われることが多くなりましたが、元の意味を知っておきたいですね。そうすれば間違って恥じ入ることもないでしょう。

「後の祭り」のなんと多いことか…。ジョイセフで、一貫して「黒衣」の仕事だけしてきたmabaでした。
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by joi-maba | 2010-02-27 14:48 | ボキャビル通信 | Comments(0)
FGMゼロトレランスデー
2月6日はFGMゼロトレランスデー、「FGMを絶対に許さない」という日です。
2月13日(土)、「FGM廃絶を支援する女たちの会」(WAAF)が日本ユニセフ協会と一緒に開催したイベントに行ってきました。

ブログを読んでくださる方にもぜひご理解いただきたいと思い、当日の配付資料やトークから少し書きとめておきますね。

FGMとはFemale Genital Mutilation(女性性器切除)の頭文字を取った略語で、女性外性器の一部あるいは全部の切除、時には切除してから外性器を縫合してしまうという、想像するだに恐ろしい慣習のこと。貞操・純潔の象徴とされていますが、施術時に出血や激痛を伴い、長期的には性行為やお産のときの痛み、感染症の危険、難産、トラウマなど、数え切れないほど多くの弊害があります。暴力以外の何物でもないと思います。

アフリカを中心に様々な民族の伝統的な通過儀礼として、2000年以上も続いているそうです。国連発表では現在1億4000万人の女性がFGMを受けており、毎年300万人の少女・女性が犠牲になっているという推定には、言葉もありません。

アフリカの女性たちがFGMを廃絶しようと声を上げたのは1980年代で、それまで「女子割礼」と呼ばれてきたこの慣習をFGM(女性性器切除)と呼び直すことで、その暴力性を指摘し、廃絶の必要性を訴えたのです。

イベントのハイライト、「FGM廃絶を支援する女たちの会」(WAAF)のヤンソン柳沢由実子さんと国連人口基金東京事務所の池上清子さんとのトークでした。

ヤンソンさんは1995年の北京世界女性会議の時、アフリカの女性たちからFGM廃絶のための国際的支援を世界に訴える声に応えて96年にWAAFを設立し、女に生まれただけで性器切除される子どもがいる限り「ノー!」と声を上げ、「反FGM基金」を通して当事国の活動と連帯していらっしゃいます。2008年にはFGM廃絶のために世界保健機関、国連人口基金など10の国連機関が共同声明を出したそうですが、私はうかつにも知りませんでした。

池上さんは、FGMが、健康上の問題、人権の問題のほか、ジェンダーの問題でもあることを強調し、国際的な支援の必要性を強く訴えていました。

詳しくはWAAFや国連のホームページをご覧いただけると、うれしいです。
国際社会の訴えに、日本の市民社会の一員として、いても立ってもいられない思いで会場のユニセフハウスを後にしました。報告かたがたアップしましたが、なんだかこれはブログじゃなかったですね。すみません。でも少しでも私の思いを共有していただきたくて…。
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by joi-maba | 2010-02-15 19:37 | ボキャビル通信 | Comments(2)
心に突き刺さる言葉


実際の戦争や紛争の場ではないのに、武器や兵器という言葉が使われるのをよく見かけます。例えばA新聞でも、「討論こそが武器であるはずの政治家たちの言動の…」、「…という新兵器の狙いにピタリ」などと書いていました。「戦士のホットタイム」というコラムもあります。

NHKが、戦後すぐに「紅白歌合戦」を「紅白歌試合」と言い換えた時期があると聞いたことがあります。そのNHKも、何年か前のことだけれど連続テレビ小説「ファイト」を「戦う15歳の物語」と宣伝したり、科白(せりふ)で「若さだけが武器…」と言わせていました。

武器や兵器は、他人を傷つけ殺しあうことに用いるものです辞書には比喩的に用いることがあると書かれてはいますが、有力な手段、強みとでも置き換えてはいかがでしょう。私はこの言葉を絶対に使いたくありません。今なお、戦禍の中で暮らす人たちのことを考えると、安易な言葉に接する時、ドキッとして胸がつぶれる気持ちになります。

21世紀の今、平和の実現はホモサピエンス(叡智の人)のもっとも大きな義務であり、責任ではないでしょうか。
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by joi-maba | 2010-02-06 23:02 | ボキャビル通信 | Comments(6)
「独裁者」との交渉術
ジョイセフの明石康会長(元国連事務次長)の話題の新刊書籍をご紹介させていただきます。

2009年に10回にわたり、集英社の読書情報誌「青春と読書」に連載されたインタビュー記事を基に、大幅に加筆修正したもの。ハンディで、読みやすい体裁ですから、ぜひ手にとってお読みいただき、平和形成のための軌跡とその交渉術にふれてみてはいかがでしょうか。

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以下に、本の宣伝文句から引用しておきます。
  ↓  ↓
「私は敵を想定しない」―欧米のバッシングを浴びつつ、国連の原理原則を最後まで守ろうとした人物に肉迫する!

冷戦後、世界の安全保障の枠組みが激変するただ中で、カンボジアPKOやボスニア紛争の調停をはじめ、国連が主導した一九九〇年代の平和活動を指揮した日本人がいた。もっとも困難な立場に立たされた交渉人―明石康は、シアヌーク、ミロシェヴィッチ、カラジッチといった現代史に名を残す政治家・ナショナリストたちと、どのように対話し続けてきたのか? バルカン半島の現場を熟知するジャーナリスト木村元彦が、一年間にわたって連続インタビューを敢行。誰よりも苛烈な現場を潜り抜けてきたミスター・アカシの交渉テクニックに迫る!

明石康
インタビュー・解説 木村元彦
集英社新書  定価756円

追記:
関連記事として、「青春と読書」の最新号(2010.2月)に姜尚中氏の連続対談Ⅲが載っています。タイトルは、姜尚中×明石康 “柔軟かつ弾力的な思考で挑む” です。このなかで、正義、平和、プラスサムなどのキーワードが語られ、交渉の際大切なことは、一対一で向き合って話し、お互いを理解しようと努力すればわかりあえる機会が多くなるという言葉で締めくくられていました。
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by joi-maba | 2010-02-04 19:37 | Books | Comments(0)
2015年までの目標って何?
2015年で何が? そう、「この年までに達成しよう」と国連が決めた8つの目標の最終年だそうです。詳しくは、外務省のホームページにありますので、お時間があるとき、のぞいてみていただければと思います。http://www.mofa.go.jp/Mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.htmlです。

「ミレニアム開発目標」というのがありまして、その4番目が子どもの健康(5歳未満の乳幼児の死亡率を1990年時点の3分の1にする)、5番目は妊産婦の健康改善(妊産婦死亡率を1990年時点の4分の1にする)なのです。子どもの死亡は今、年間880万人で、ここ数年に目に見える改善がみられているそうです。もちろん、先進国に比べたらまだまだという現状ですけどね。

でも妊産婦さんの死亡は、ここ20年くらいほとんど変わらず、年に53万6000人という数字が現状です。何年も前から50万人が死亡していると言われてきて、52万9000人という数字が推計されたこともあります。

「前にも電卓をたたいてみてください!」と書きましたが、世界では1分に1人の割合で、妊娠や出産が原因で命を落とす人がいるのですから、このブログを書いている10分の間にも10人もの女性が亡くなっていることになります。胸がえぐられる思いです。その9割以上は途上国で起こり、救えるはずの命もたくさんあるのです。妊娠中に健診を受けられたら…、訓練を受けたお産婆さんの介助があれば…、お産の際に出血など異常があったとき病院に連れて行ってもらい治療が受けられたら…、こんな状況を先進国が見過ごしていいはずがありませんよね。

ジョイセフの仕事の大きな柱のひとつは、途上国の妊産婦さんの命を救うお手伝いをすることです。

追記:
Reikoさん、コメントお礼へのお名前、Rが抜けていてすみませんでした。
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by joi-maba | 2010-02-04 13:08 | 日々 | Comments(2)
私の宝物(2)
このジグソーパズルは1540ピース。赤道部分で5000万分の1の大きさですが、パネルに貼った仕上がりは縦60㎝、横90㎝ほどです(この1540という数字が、ちょっと忘れられません)。

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なにせ狭いところに住んでいるものですから、パズルに取り組んでいる間、幾日も立ったまま?寝ていました。なんて、これはうそです。でも広げておく場所が大変でした。世界の国々も今とはかなり様変わりしています。一番変わったのはドイツ、ソ連、アフリカでしょうか。でもいまだに平和な世界に程遠いのが現実ですね。

ピースがひとつ、とれて落ちてしまっています。いつごろ買って、長時間費やしたのか、もう忘れてしまいました…。

◆さて、本題に戻します。未熟児で生まれた息子の体重は1540g。32年ちょっと前のことです。原因は、妊娠中毒症の中でも、胎盤の機能が悪く胎児が育ちにくいことが原因と言われ、珍しいケースだそうです。身長や胸囲は測る余裕もなく小児科へ移動したため、1週間後に測った身長は42㎝でした。3月6日の予定が2月16日生まれ。それほどの早産でもないのに育っていなかったのです。

しばらくは対面も叶わず、生きているかどうかさえ、疑心暗鬼でした。お医者さんがポラロイドの写真を1枚くれて、それを眺めて過ごしていました。正直ほんとにつらかったです。1週間後、やっとガラス越しに対面できましたが、腕の太さは女性の親指くらい、脚は男性の親指ほど。鼻には栄養補給用のチューブがつながっていました。

生まれてから1カ月間は保育器で過ごし、その後1カ月間は赤ちゃん用ベッドに入院。梅の季節から桜の季節を過ぎて、体重が3190gになった時、ようやく退院できました。ちょうど生後2カ月目、4月16日のことです。ミルクのにおいのする小さな「生き物」をぎゅうっと抱きしめ、頬ずりし、頭をなで、目を見つめ…、あの時のうれしい気持ちを忘れることはありません。
私はと言えば産後、むくみはみるみる快復し、高血圧は薬で徐々に治りましたが、強度の頭痛に連日悩まされました。通常の産婦さんよりは長く、3週間ほどで退院。授乳や育児をしなかった(できなかった)ので、睡眠不足になることもなく過ごしました。あとは面会のため数日おきに病院に足を運び、ガラス越しにしばらく息子を眺めて帰宅という生活が続きました。

今は、ずいぶん様子が違うらしいですね。スキンシップを重視して面会もガラス越しではないし、飲む子がいなくても、搾乳した母乳を冷凍保存しておくのかも。

日本で妊娠・出産ができたからこそ、母子とも、「今」を生きられているのだと、医療に心底感謝しています。
途上国では健診もお産の介助も受けられず、命を落とす女性や赤ん坊が後を絶たない現実を、何とかしていきたいですね。お母さんが亡くなると、生まれた赤ちゃんも育たないことが多いそうです。2015年までに、この現実に立ち向かいましょう!!
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by joi-maba | 2010-02-01 19:37 | 日々 | Comments(5)